勢いで動いたら、ドアが開いてなかった話

アメブロの続きです。


「閉まったドア」の前で立ち尽くした時、
私が一瞬だけ感じたことがありました。
それは「行ける気がしてたのに、何かがついてこない感じ」。

頭では
「準備できてる」「やれる」「もう動く時」
と思っていたけれど、
心の奥では「まだ整ってないところ」を
ちゃんと知っていたのかもしれません。

後になって気づいたこと

「勢い」は悪くない。
でも、
勢いだけで合図を無視するとタイミングがそっぽ向く。


この日、ドアが開かなかったのは
「止められた」のではなく
「仕切り直し」を促されたと今は思っています。

年末になると、
「動きたい気持ち」が強くなる時ってありますよね。

でもその勢いが「焦り」とくっついてしまうと、
小さなズレが積み上がって後からしんどくなる。
逆に、
勢いと静けさのバランスが取れると、意外なほど自然に道が開く。

私自身、その感覚を忘れた年ほど空回りが多かった気がします。

今年、勢いで動こうとして「止まった」瞬間があったなら

それは「止められた」のではなく
「整える時間をもらった」のかもしれません。

続きの話は、
人によって「ドアの位置」が違うので公開ではここまでにします。

「私の場合は?」と感じた方とは、
来年、ゆっくり言葉にしながら「動ける順番」を一緒に見つけたいです。

もし方向性を確認したい人は、
年末のうちに一度メッセージください。
焦りで動く前に、「違和感の正体」を
言葉にしておいた方が早い時があります。

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